映画ではありません。
私の息子のことです。
私の4人の子どものうち、男の子は1人だけです。
思春期真っ最中で、周りが女の子ばかりというのは、いろいろ大変なようです。
とんでもない場面を「目撃」されたり、不用意に置き忘れた「何か」をバッチリ見られてからかわれたり・・・。
うちの娘たちはどの子もいわゆる「女の子らしい」子ではなく、「半オトコ」的な感じですが、それでも女の子は女の子、「男ならではの悩み」を語り合う相手にはなれず、様々苦労があるようです。
私もどちらかといえばオープンな親のつもりですが、男の子の思春期の悩みは母親と話すべきものではないでしょう。理解するように努めることしかできません。
こういうとき、私が男女限らず親しい友人に恵まれていて、本当によかったと思います。(私は×組です)
思春期の息子の悩みを「年長者」または「経験者」として受け止めてくれる「同性の大人」の存在は、息子が成長していくなかでかけがえのないものだと思います。
私自身、こんなに紆余曲折ある人生を歩むことになるとは若い頃まったく思いませんでした。
離婚の決断をしていった時期、子どもたちのことも思い、悩み、自分に自信が持てなくなったことも一切ならずありました。しかし、ある小説の中で「人は、生まれ変わってもこうしか生きられない、というところがある」という言葉に出会い救われました。
「こうしか生きられない」私の人生のなかで、どれだけ子どもたちと話し合い、向き合いながら生きていくか。
いびつな環境になってしまった現状の中で、どうやって「愛されている」、「大切に思われている」、という実感を持って育っていくことができるか。
私は、親しい仲間、大切な人の支えの中で生きています。
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